小説家、再建の魔術師、和製バフェット… 名人たちが語る「私の株式投資術」
《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》
小説家の株式投資術
『優しい女』『奥山相姦』『幻の娼婦たち』などの名作を遺した作家、中山あい子さん。還暦をお迎えになろうかという頃に、株式投資について取材する機会を得た。「作家は株式投資好きが多く、上手な人も少なくない。中山さんなど代表格」という週刊誌の編集者の一言が入り口だった。取材を快諾してくれた中山さんは問わず語りに、「北(杜夫)さんは例外だけど、作家って結構、株式投資が上手なのよ」と話し始めた。株談議で大いに盛り上がったことを記憶している。
中山さん曰く──「株式投資って、ちょっとした材料というか話題を入り口にするケースが少なくないわよね。そのちょっとした材料を基に話を創り上げていくわよね。いわば想像力の世界。小説家ってそういう作業に慣れているというか、自分で言うのもなんだけど、そういう力があって初めて成り立つ商売なのよ。ええ、私もそれなりに儲けているわよ。北さんのような場合は駄目だけど」。喫茶店でコーヒーを飲みながらこんな話をしてくれ、妙に納得したものだった。
ただ、北杜夫氏については、芥川賞作家であり、マグロ調査船の船医の体験に基づいた『どくとるマンボウ航海記』で人気を博した人物、程度の知識しかなかった。中山さんからは「躁うつ病でね。躁状態のときは気持ちが大きくなるらしく、文字通り全財産を株に投じて数千万円も負けて、税金の滞納をするほどだった」と教えられた。
この話は北氏自身の『私の履歴書』(日本経済新聞連載)で確認できた。数千万円の損は、躁状態の折に「チャップリンのような映画を作りたい」と思い立ち、株に全財産をつぎこんだそうだ。しかし「買った株は軒並み下がった。損を取り戻そうとすればするほど、財産は減る一方。(『どくとるマンボウ航海記』の版元である)新潮社や佐藤愛子(作家。最近では『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』などのエッセイで知られる)に借金してまで株を買った」と回想している。
私は記事に「作家には株式投資に必要な資質が備わっている」ことと、「が感情の起伏の激しさは、株式投資にご法度」といった内容を書いた。
魔術師の株式投資術
株式投資が上手な条件を調べたいと改めて思ったのは、大山梅雄氏を取材した結果だった。実業家であり、「再建の魔術師」の冠を乗せられて語り継がれている御仁である。大山氏が手掛けた再建企業は、17社。いずれも2年以内に黒字転換・復配を実現している。宮入バルブ、東京鋼鐵、ツガミなどが知られるが、ツガミについては30億円の累積赤字をゾロにしている。「その極意は?」という問いかけに、大山氏はこう応えた。
「会社が赤字になるのは、入る金より出る金のほうが多いから。出るのを制すれば赤字は防げる。でも経費など出るのを制するだけでは企業は立ち直れない。経費削減やコストダウンで出るのを制し金を作るのは大前提で、それを有効に生かすことが肝要。不況になると売上高の多寡にかかわらず出るのを制するのが至上命題になるが、それだけでは巻き返しはできない」
ここまでは「大山梅雄の再建術」を語る際の常套句の範疇であり、自著にも繰り返し記されている。話が妙な流れに転じたのは、氏がこんなことを言い出したからだった。「私も徒手空拳で再建に乗り出すわけじゃない。不振の『何故』を徹底的に洗い出し、これならいけると確信した場合にだけ乗り出す。まあ、株式投資と同じ。勿論、再建に取り組む前にその企業の株を買ったりはしませんよ。でも私は株式投資が好き。何故なら、いま話した持論を生かして立ち向かえるからね」
そしてこう続けた。「業態も企業規模も、PL(損益計算書)もBS(貸借対照表)も寸分なく同じ。そんないわば“コピー企業”が2社あったとする。どちらかの株に投資をするというとき、私はまず、両社の『中期経営計画』を過去に遡って調べる。成長に必要な新機軸の育成・投資が行われているか。中計に掲げた目標収益を達成してきたかどうか。それを、資金を投じるか否かを決める第一の要因とする。次いで『首を捻るようなトップ人事』が無かったかどうか。更には『株主対応策』、具体的には配当性向の推移といった具合に深耕していく。通常の株式投資を楽しむときも、同じ手順は必ず踏む」
株式投資術のヒントをもらった気がした。
和製バフェットの株式投資術
かつて東洋経済新報社の『会社四季報』の外部ライターをしていたことがある。当時の編集長の紹介で、「日本のウォーレン・バフェット」と称された竹田和平氏の話を聞く機会を得た。2000年の前半だったと記憶している。
1952年に竹田製菓を厳父と共同で設立。ご存じ「タマゴボーロ」の大量生産化で、資産家の道筋を開いた。70年には札幌に日本初のレジャーセンターを、86年には愛知県犬山市にテーマパークを開設し、文字通り事業家・資産家の道を歩く一方で株式投資でも大成功を収めた竹田氏は、明るいおじさんだった。
当時で既に100銘柄近くで上位10位の大株主に名を連ね、保有時価総額は100億円を悠に超え、年間の配当金総額は1億円を超えるとされていた。そんな和製バフェットに「私の株式投資術」を聞くと、簡潔に話してくれた。表現は悪いかもしれないが、「秘策」といったものは感じられなかった。具体的な銘柄を例に出しながら、指折り数える風に語った。
・割安銘柄を買う
PERなら「15倍前後が割安」とされている風な捉え方でなく、業界平均と比べて低いものを選択する。株式投資でも事業でも同じ。誰か他人の言うことを聞いてたまたま成功してしまうのは、むしろ不幸の始まり。次は必ず失敗するもの。PBR1倍以下は解散時の純資産より株価が低いわけだから、かっこうの投資基準だといえる。
・自己資本比率
自己資本比率が高い会社は、新規事業に打って出るなどチャレンジが出来る。低いと、親和性の高い分野にも進出が容易でなくなり、成長階段を昇っていく機会が乏しくなる。
・売上高
利益が増えていく大前提は、売上高の伸びであるべき。知り合いの証券会社は『四季報』改訂版が出る度に、「業界別増収率ランキング」を作り届けてくれる。大いに重宝している。
・会社四季報
四季報には「これだけあれば」という十分な企業情報が集約されている。年に4回も改訂される。その前段に書かれている「四季報の読み方」を諳んじているくらい。改訂版が出る度に時間を作っては「四季報読み」をしている。
「シンプルな方法だな」と実感したことを記憶している。ただ、この話を聞いた折に、SPK(自動車・産業機械向け部材商社)といった現在ではプライム市場で株価人気も伴う複数の企業を、中小・中堅企業の段階で買ったという例には驚かされた。
さらに最近になり、竹田氏が晩年、保有株の大幅な見直しをしたことを知った。2014年9月16日付けのブルームバーグ、「竹田和平氏保有株絞る、ROE重視で大型-経営も恩返し大切」と題する記事である。ブルームバーグの取材に竹田氏は、「3年前から保有株数を中小型株中心に8割以上減らした。さらに減らし、最終的には大型株6〜7銘柄に絞り込む」としている。竹田氏は2016年7月に天に召されているため、何故かを直接確かめるすべはない。ただブルームバーグは「利回りの高さ、自社株買いなどの実施でROE重視の企業に照準を合わせ更に絞り込む」としている。
ROEは自己資本利益率。この指標がマーケットで企業の経営力指標として重用され始めたのは、ここ10年余。竹田氏が保有株企業数の絞り込みを始めた2011年の段階では……。個人的には、2011年度の金融・証券税制の改正が契機だったと見る。配当所得の特例課税対象にならない大口株主の要件が、「株式総数5%以上」から「3%以上」引き下げられている。ご本人に確認のしようはないが、ROEを投資尺度に持ち込んだ先駆者の慧眼には、ひれ伏す以外にない。